渉外判例2016-17

渉外判例2017 (ICN-105)

退去強制令書発付処分の取消
「韓国人女性と日本人男性の実質的夫婦関係を認定、韓国人女性の退去強制裁決および処分(名古屋入管)を取り消す」平成29年3月16日 名古屋高裁

ポイント
韓国人女性による、退去強制令書発付処分に対する取消請求の異議申出に「理由がない」とした名古屋入管局長の裁決、および同女性に対する入管主任審査官による退去強制令書発付処分に対して、違法として取消した判決。入国管理局による、基礎となる事実の評価が明白に合理性を欠き、その判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるとし、入管側の判断が裁量の範囲を逸脱又は濫用し違法だとした判決。

事実の概要
韓国人女性(控訴人)は、1975年、4人兄弟の第4子として韓国に生まれる。
平成10(1998)年11月に、「短期滞在」(観光)のビザで15日間の上陸許可を受けて、日本へ。東京、長野と観光していたが、在留期限を超えて、不法在留で逮捕、平成11(1999)年日本から退去強制される。
平成14(2002)年、日韓ワールドカップの観戦で日本へ再訪問。韓国料理店で、日本人男性と知合い、その後、韓国と日本を行き来するようになる。
平成15(2003)年3月に韓国の両親ら家族の反対を振り切って同日本人と結婚し,同月19日,在留資格を「短期滞在」,在留期間を「90日」とする上陸許可を受け,本邦に上陸、彼との結婚生活を始めた。

日本人夫は、酒癖が悪く、DV(家庭内暴力)だけでなく、ゴルフへ行くための金銭をせびるなどしていた。妊娠した際には、堕胎をせまるなど、結婚生活は短期間で破綻、同年11月、離婚を決意した。

離婚成立直後の平成15年11月,申請していた日本人の配偶者等としての在留資格への変更を求める在留資格変更許可申請を取り下げ,同日,いずれも在留期間を「90日」とし,更新の理由を「出国の準備のため」とする2回分の在留期間更新許可を受け,これにより,控訴人の最終の在留期限は,平成15年12月14日となった。当時日本語を解していなかった控訴人は,夫に言われるがままに関係書類の必要箇所に署名したにすぎなかったため,上記の更新の理由や最終の在留期限を認識することができず,実際,その後どのような手続を踏んだらよいかも分からない状況であった。

結局,平成15年12月下旬頃,名古屋市内の病院にて堕胎したが、当時は不法残留の認識はなかった。
その後も入管において何らの手続もせず,入管当局への出頭もしないまま,日本での不法在留を続けたが,その後,韓国の家族の理解を得て,日本でのお披露目までした。そこで、夫からのDV、離婚,夫との間の子の堕胎など、酷い状況を両親ら家族に打ち明ける気にはなれず、韓国へ帰る気にもなれないまま,不法残留を継続した。
同韓国人女性(控訴人)は、平成15(2003)年頃から、姉を通して知り合い、前夫のDVのときに助けてくれた、男性(1949年生れ)との交流が始まっていた。平成22(2010)年頃から男女交際を開始し、平成25(2013)年7月にプロポーズを受け、婚約するに至る。韓国での離婚手続きを経て、同年12月に婚姻が成立した。

控訴人は,この時点までには自らが長らく不法残留となっていることを明確に認識し、行政書士を伴って,韓国領事館へは平成26(2014)年1月14日に,入管へは翌日の15日に出頭する段取りをしていた。しかし,控訴人と夫が同月12日に控訴人の荷物を夫宅に搬入している最中に,臨場した警察官により入管法違反(不法残留)の嫌疑で逮捕された(なお,不法残留者が行政書士を伴い入管への出頭を予定していた直前に検挙に至った例が他にも存することは,当裁判所に顕著である。)。

平成26年1月23日,検察官により入管法違反(不法残留)の事実について起訴され,同年2月26日,名古屋地方裁判所において,入管法違反(不法残留)の罪により懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決(本件刑事事件判決)を受け、本件刑事事件判決は確定した。

平成26年3月に仮放免され、夫の自宅で同居を開始し,同年8月5日、再度名古屋入管収容場に収容されたが、同年10月9日に仮放免され、現在まで夫の自宅で仲良く同居している。

現在夫は,ファーストフード店やコンビニエンスストア等でパート勤務をしており、年金を含む月額収入は22万円程度であり、控訴人は専業主婦である。両名は、自宅に居住して家賃の支出を要しないため、夫の収入で何とか生計を立てているが、将来は、一緒に料理店を持ちたいと希望している。
また控訴人は,コンタクトレンズの購入のために眼科医院を受診する際に提示する目的で、平成25年11月頃、姉から本件保険証と本件在留カードを受け取り、名古屋市内の眼科医院で、他人名義のものであることを告げずに本件保険証及び本件在留カードを提示して診察を受け、コンタクトレンズを購入した。
控訴人は、本件在留カードを姉に返さず所持していたところ、平成26年1月、入管法違反(不法残留)の被疑事実で逮捕され,その際,警察官に対して姉名義である本件在留カードを所持していることを自発的に申告した。しかし,不法残留の事実で起訴されたが,他人名義の在留カード収受の事実では起訴されなかった。

判旨
☆実質的夫婦関係の事実認定☆
韓国人女性(控訴人)と夫との法律上の婚姻期間は,平成25年12月24日から本件裁決時である平成26年7月26日まで約7か月と短く,実際の同居期間も本件裁決時までに4か月弱と短いことは間違いない。
しかしながら,事実認定のとおり,2人の間には,平成15年頃に知り合って以来、本件裁決に至るまで,10年以上にわたる長い間に様々な経緯が存在していたのである。

日本での婚姻生活で短期間に酷いDV被害を受け、強い男性不信にまで陥り,今もなお心の傷が癒えていないといえる控訴人や,その本国の家族らとの間で,将来の夫が穏やかな交流を続けて信頼関係を紡ぎ,かつ,控訴人と夫と間の言葉や言語の壁のみならず,大きな年齢差,夫自身の年齢,彼の事業の失敗,高利の借財,居宅の状況(ごみ屋敷)等々の困難な障害を乗り越え,お互いの好意を男女間の愛情にまで高め合うまでには、相当の年月を要したといえるところである。控訴人と夫は,このような長い経緯の末,遅くとも平成22年頃には,固く真摯な愛情の絆で結ばれるに至ったものであり,たとえ物理的には同居しておらず,生計を共にしてはいなかったとしても,この頃には実質的にみて夫婦同然の関係にあったということができ,このことは,現に,控訴人と夫が本件裁決後も現在に至るまで,控訴人がその清掃及び改修等に心血を注いだ夫の居宅において,夫婦として仲良く暮らし続けているといえることからも明らかであるということができる。かように真摯な婚姻関係は,今後も控訴人が日本に在留できる限り継続していくであろうことが強く見込まれる。
もとより,婚姻関係の在り方は多種多様であって,単に法律上の婚姻期間や同居期間が短い等の見地のみから,機械的,硬直的かつ表層的に夫婦の在り方を観念し,そのような観念に基づき夫婦関係の安定性や成熟性を問議することは相当でない。(下線はブログ作成者による

名古屋入局管理局長(被控訴人)は,①控訴人は,過去に本邦で不法残留して退去強制されたにもかかわらず,今回再び,本件裁決時まで10年以上もの長期間にわたり不法残留を続けた事実により,本件刑事事件判決を受けたものであること,②親族に対する体面等を気にして,前夫と離婚したことや堕胎したことを本国の親族に言うことができなかったため,本邦に不法残留したという今次の不法残留の経緯には,何ら酌むべき事情はないこと,③控訴人は,今次の不法残留中,飲食店やスナック等で不法就労をしていること,④在留カードは,中長期在留者の本邦在留に係る法的地位を証明する重要文書であるとともに,公的身分証明書として利用されるものであり(入管法19条の3参照),他人名義の在留カードを使用目的で収受する行為は,退去強制事由に該当するとともに罰則規定も設けられている。

控訴人は,その違法性を十分に認識しながら,眼鏡を掛けると自分の容姿が不細工に見えてしまうことが嫌だから等の身勝手な動機で,コンタクトレンズを購入するために本件収受に及んだというのであり,酌量すべき点は極めて乏しいこと等を縷々指摘し,上記①ないし③の在留状況及び④の行為は,重大な消極要素として考慮されるべきである、と主張する。
しかしながら,上記①の点につき,控訴人の過去の不法残留は,控訴人が日本国内の旅行を楽しんでいる間にわずかに在留期限を徒過してしまったという軽微なものであり,起訴もされておらず,しかも10年以上も前のことであって,その後に数次にわたって入国及び在留が問題なく許可され,韓国と日本とを行き来することが許されていたものであるから,それを今次の不法残留に当たって問題視して取り上げることは相当ではない。

☆裁決での考慮事情☆
控訴人が韓国に強制的に帰国させられることになれば,夫の年齢や言語能力等からして,夫が控訴人と共に韓国で婚姻生活を送ることは不可能に近いから,両名に対して事実上の生き別れを強制することになるというべきあって,60歳を過ぎての初婚で生涯の伴侶を得,ゴミ屋敷と化していた自宅が控訴人の献身的努力によって人間らしい住居に蘇るなどし,人生に希望を持つに至り,かつ,その後に実兄を亡くして控訴人以外には身寄りがなくなった夫にとっても酷なことであり,著しく人道に反する結果となる。もちろん,控訴人自身にとっても,たとえ韓国に母や兄などの近しい家族らがいるとはいえ,今更ながら韓国へ帰国することは,韓国において一から生活基盤を立て直さなければならないことを意味するものであって,それが控訴人にとって過酷なものでないとはいい切れない。

結論
本件(名古屋入国管理局長)裁決は,控訴人と夫が婚姻に至るまでの長い経緯やその真摯な夫婦関係の実質を見ようともせず,単に法律上の婚姻期間や同居期間の長短のみでしか夫婦関係の安定性や成熟性を考慮せず,控訴人を韓国へ帰国させることによる控訴人と夫の不利益を無視又は著しく軽視し,また,控訴人が不法残留状態に至った経緯,特に,控訴人が日本人男性から酷いDV被害に遭い,短期間で離婚を余儀なくされ,堕胎まで強要されたことが契機となって,やむにやまれず不法残留となった深刻な事情を敢えて無視する一方で,不法残留期間が長期に及ぶことのみを重視し,かつ,起訴もされておらず,一時的使用であって軽微といえる他人名義の在留カードの収受や,人道上非難に値しないような不法残留中の就労を殊更問題視するなどしたことによってなされた偏頗な判断というほかはなく,その判断の基礎となる事実に対する評価において明白に合理性を欠くことにより,その判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことは明らかであるというべきであるから,裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法なものというほかはない。

分析
更新中

〔裁判長 藤山雅行 弁護士 金岡繁裕〕
参照:ウエストロー・ジャパン文献番号 文献番号 2017WLJPCA03166001

渉外判例2016 (ICN-104)

婚姻(結婚)無効の判決
「韓国人女性と日本人男性の偽装結婚を認定、婚姻届の無効判決」平成28年12月16日水戸家裁
ポイント
平成27(2015)年、日本人男性(56歳)が、韓国人女性(38歳)との婚姻届を水戸市長へ提出、受理された。この婚姻届が、両者の結婚する意思を反映させたものかどうか、つまり、偽装結婚なのか本物の結婚なのかが問われたものです。

事実の概要
韓国人女性は、平成11(1999)年頃、日本へ入国。日本在住の母と同居。在留期間の経過後も日本に滞在したため、オーバーステイのため、平成15(2003)年日本から強制退去となる。退去強制後の上陸拒否期間(5年)を待たず、平成18(2006)年、船舶にて密入国をし、日本での生活を再開。

平成25(2013)年、韓国在住の父が病気で倒れたとき、パスポートもなく、在留資格もないため、故郷へ戻ることができなかった。そこで、交際相手を通じて、日本人男性との偽装結婚を企図し、結婚する意図がないのに、日本人男性との婚姻届を市役所へ提出、市職員はこれを受理した。これにより、戸籍上の夫婦が成立することになる。

しばらくは、水戸市で同居を始め、妻の在留資格の申請を行ったところ、入国管理局の職員に偽装結婚であることを見破られた。

判旨
韓国人女性は、電磁的公正証書原本不実記録・同供用の罪等で懲役3年執行猶予4年の判決。日本人男性は,同罪で懲役1年6月執行猶予3年の判決を受けた。これらの判決は,いずれも確定し、女性は、日本から強制退去された。

分析
1.国際裁判管轄の問題(婚姻届無効の裁判が日本なのか韓国で行えるかの判断)

この種の渉外(国際)事件の場合、その裁判が日本で行えるかどうかが、まず問題になります。言い換えれば、どこの国(日本か韓国か)がその裁判をできるかということです。これを、国際裁判管轄の問題と言います。
財産関係事件の場合、被告(個人や法人の事務所/営業所)の住所が日本国内であれば、日本に国際裁判管轄があります(民事訴訟法3条の2から3条の3)。
一方、今回の家族関係事件(婚姻取消や離婚)の場合、この種の法規が存在しません。

原則としては、「条理」に従って決定されます。条理とは、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念に基づきます。
たとえば、離婚の場合、被告の住所が日本にある場合、日本に国際裁判管轄が認められます。例外的に、原告の住所が日本にあっても、原告が遺棄された場合や被告が行方不明の場合も、日本に国際裁判管轄が認められます。
今回の婚姻(結婚)無効の裁判はどうでしょうか?

判決では、

「被告は大韓民国に住所を有するものの,
①被告が我が国の管轄を争わず,かえって当裁判所における審理を求めて本件訴えにつき応訴していること,
②原告が我が国に国籍及び住所を有していることに加え,
③本件婚姻届の提出が我が国内で行われていること,
④原告及び被告が最後の共通の住所を我が国内に有していたこと,
⑤原告及び被告が我が国の刑事裁判手続により本件婚姻届提出にかかる電磁的公正証書原本不実記録・同供用の罪で有罪判決を受け,その判決が確定していることが認められる。
として、これらの事情を考慮して,本件請求と我が国との密接な関連性が認められ,また,被告自身も当裁判所での審理を求めて応訴しており,本件訴訟につき我が国の管轄を肯定したとしても,被告の不利益が大きいということはできないから」、本件訴訟につき我が国の国際裁判管轄を肯定することは条理に従い例外的に許されるというべきである、としています。これは順当な解釈でしょう。

2.結婚(婚姻)の有効性
さて、本題の結婚の有効性ですが、
判決では、原告と被告との間に、「真に社会通念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思すなわち婚姻意思がなかった」ので、日本の国際私法(法の適用に関する通則法24条1項)の「婚姻の成立は各当事者につき、その本国法による」のではなく、原告の本国法である日本民法742条1号(「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻する意思がないとき」)により、「本件婚姻は全体として無効である」、としています。

さて、韓国の国際私法(大韓民国国際私法)を見てみましょう。
韓国国際私法36条では、「婚姻の成立要件は、各当事者に関してその本国法による」とあり、韓国民法815条1号では、「当事者間に、婚姻の合意がない場合」、婚姻は無効とする、となっています。

婚姻の実質的成立要件には、一方的要件と双方的要件があります。一方的要件とは、当事者の一方にのみ適用されるものですが、婚姻意思、婚姻年齢、重婚の禁止などは「双方的要件」とされています。
通説にしたがえば、国際私法の次元で、双方的要件と決定し、当事者のそれぞれの本国法を適用すれば、判決のように原告(日本人)の本国法だけで決定する、という、なんだか未消化の判決になることはない、と思われます。

〔裁判長 鈴木義和〕
参照:ウエストロー・ジャパン文献番号 2016WLJPCA12166012

渉外判例2016 (ICN-103)

退去強制令書発付処分の取消判決
「ブラジル人男性への退去強制処分が違法として取消判決」平成28年11月30日名古屋高裁

ポイント
ブラジル人男性が、退去強制対象者と認定されたことに対して、その異議申出に理由なしとした名古屋入国管理局長の裁決を取消、および同人に対する退去強制処分の取消判決。オーバーステイ(不法残留)の退去強制事由に該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない外国人であることを認定した判決。

事実の概要
ブラジル人男性(38歳)は、ブラジル人の母と日系2世であるブラジル人の父との間に生まれ、サンパウロの高校卒業後、平成9(1997)年、18才のとき、「定住者」の資格で、日本へ入国した。愛知県,三重県及び岐阜県において,自動車部品等の製造作業に従事、在留期間の更新許可を数回受け、平成25(2013)年10月までの在留期限をもっていた。

彼は、平成12(2000)年頃、永住許可をもつフィリピン人女性と知合い、半年後から同棲をはじめ、彼女は平成13(2001)年に長男を出産する。平成16(2004)年頃、彼女は、ブラジル人男性とは別居し、平成17(2005)年、フィリピン人男性と婚姻したが、やがてこの同居生活も破綻、元のブラジル人男性とよりを戻し、二人の同居生活は、平成25(2013)年10月まで、男性が逮捕されるまで続いた。

よりを戻したフィリピン女性は、平成21(2009)年4月に次男を、平成22(2010)年に三男を出産している。次男、三男の父親欄には、フィリピン人男性の名前が記載されており、2子ともフィリピン国籍である。

ブラジル人男性は、在留期限直前の平成25(2013)年9月に無免許、無車検無保険車両を運転し、ひき逃げ事故を起こし、その後警察に出頭して、道路交通法違反、自動車運転過失傷害の被疑事実で、逮捕。懲役1年執行猶予3年の有罪判決を受け、同判決は確定した。

同刑事事件判決の宣告直後に、名古屋入管収容所に収容され、平成27(2015)年に仮放免が許可、フィリピン人女性と3人の子らと事実上の同居生活を現在まで継続している。

彼は、仮放免中であり収入がなく、魚を釣って生計の足しにする程度であり,家事を中心に児童手当等を受給しながら,一家5人の生活を維持している。病弱なフィリピン人女性がフルタイムに近いパートタイムの仕事で生活費を工面している。長男は中学3年生,二男は小学1年生,三男は就学前であるが,いずれもブラジル人男性とフィリピン人女性の間の子として監護養育されており,3人の子供は日本語しか話すことはできない。なお,両親とも,日本語の日常会話程度はできる。

ブラジル人男性とフィリピン人女性は、お互いに婚姻の意思があり,今後も日本で3人の子らを自分たちの子として育てながら生活していきたいと希望している。2人は、婚姻届を提出しようと何度となく市役所に赴いているが,フィリピンの法律に基づく女性の離婚手続に問題があったようであることから,なかなか婚姻届が受理されないまま現在に至っており,未だ正式な婚姻関係にはないが,婚姻届が受理されるよう方々に手を尽くしているところである。

判旨

◇ブラジル人男性(控訴人)は,平成9(1997)年に日本へ入国して以来,平成25(2013)年に本件刑事事件を起こすまで16年余にわたって、特段の問題もなく生活してきたものである。平成12(2000)年頃からは,一時の別居時期を除き,本邦に永住者の在留資格を有するフィリピン女性と内縁生活を継続し,現在に至るまで,生計が苦しい中でも2人力を合わせて3人の子らを懸命に監護養育してきたものと認められる。今後も,日本語しか話せない3人の子らのために本邦において一家5人で生活していくことを強く望んでいるところである。

◇フィリピンに法律上の障害があって,容易にフィリピン人女性の婚姻届が受理されないものの,両者には強い婚姻の意思があり,婚姻届が受理されるべく手を尽くしていることが認められる。
◇このような状況下において,控訴人がブラジルへ強制的に帰国させられることになれば,病弱なフィリピン女性が今後も本邦において、一人で日本語しか話せない3人の子らを監護養育していかざるを得ず,それは女性にとって事実上不可能に近いものと考えられ,一家離散ないしは母子の離別すら招きかねない事態となって,著しく人道に反する結果となる。

◇平成25(2013)年10月8日に在留期間を徒過して不法残留となっているが,控訴人は,平成9(1997)年の本邦への入国後,何度も在留期間の更新等が認められてきたものであり,上記のとおり在留期間を徒過したのは,本件刑事事件の犯罪を行って警察への出頭を在留期限まで躊躇していた間のことであって,在留期間の徒過それ自体を控訴人が意図的に望んだものとはいえない。

◇控訴人の過失は危険かつ重大で,その一連の行為は交通法規ひいては被害者の生命等を軽視する身勝手なものといわざるを得ないところであって,本件刑事事件は,控訴人の在留特別許可の許否において消極要素として考慮されてもやむを得ない。

しかし,他方,控訴人は,無免許運転等の常習性がうかがわれるわけではなく,数日前に夫婦喧嘩をし,家を出て廃工場に寝泊まりしていた中で,話し合うための時間に間に合わないと焦ったことから無免許運転等を敢行し,人身事故を惹起してしまったという偶発性もうかがわれる。また,幸いにして被害者の傷害の程度は重いものではなく,被害感情が強いとも認められない上,控訴人はこれら犯行後自ら警察に出頭しているところであって,起訴に際しては在庁略式による罰金刑も検討された形跡があり,前歴はうかがわれないではないものの初犯であり,十分反省していることも考慮されて,懲役1年執行猶予3年の有罪判決を受けたものと考えられる。本件裁決に当たっては,このような本件刑事事件において控訴人のために酌むべき情状面も加味して考慮されるべきである。

☆1.本件裁決は,法律上の婚姻を予定した安定的かつ継続的な子育てを含む内縁関係の実態という酌むべき事情があるにもかかわらず,名古屋入管の入国審査官において,電話で事情聴取をした際,フィリピン人女性が真意に反する供述をしたことによるものではあるものの,結果的に同人の真意の把握を誤ったため,同人と控訴人の内縁関係の実態を十分調査せず,又はこれを無視ないし軽視するに至り,かつ,本件刑事事件についても控訴人のために酌むべき諸情状があるにもかかわらず,控訴人にとって不利な情状のみを殊更重大視し,これをもって看過し難い重大な消極要素になると評価することによってされたものといわざるを得ず,その判断の基礎となる事実に対する評価において明白に合理性を欠くことにより,その判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことは明らかであるというべきであるから,裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法なものというほかはない。

よって,控訴人による本件裁決の取消請求には理由がある。

☆2.本件処分(退去強制令書発付処分)の違法性について
本件処分は,名古屋入管局長から本件裁決をした旨の通知を受けた、名古屋入管主任審査官が,入管法49条6項に基づいてしたものであるが,本件裁決に裁量権の範囲を逸脱濫用した違法性があって取り消されるべきである以上,これを前提とする本件処分も違法というほかなく,その取消請求にも理由がある。

結論
以上によれば,控訴人の本件各請求(はいずれも理由があるから認容すべきところ,これと結論の異なる原判決は失当であるから取り消すこととし,主文のとおり判決する。

主文
1 原判決を取り消す。
2 名古屋入国管理局長が平成26年3月10日付けで控訴人に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく控訴人の異議の申出には理由がないとの裁決を取り消す。
3 名古屋入国管理局主任審査官が平成26年3月11日付けで控訴人に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
4 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

分析
更新中

〔名古屋高等裁判所民事第4部 裁判長 藤山雅行〕
参照:ウエストロー・ジャパン文献番号 2016WLJPCA11309015


渉外判例2016 (ICN-102)
行政書士へ、在留期間更新許可申請作成料返還の損害賠償容認
「行政書士へ、在留期間更新許可申請作成料返還の損害賠償容認」平成28年7月11日東京地裁
ポイント
行政書士による「在留期間更新許可申請」作成書類の不備で、更新が不許可になったのかどうかの事実認定についての判定と「いったん納入された料金の返却は理由の如何を問わずご遠慮ください」との文言が消費者契約法第10条の無効に当たるかどうかです。

事実の概要
本行政書士による在留期間更新許可申請が不許可とされたため、別の行政書士へ頼んだところ許可が得られた。そこで韓国人依頼者が、本行政書士の申請書類不備によって不許可にされ、支払い報酬の返還を求めたい、と東京都行政書士会へ苦情を申立てた。これに対し、本行政書士から名誉棄損の損害賠償の訴え(本訴)が提訴され、依頼者は、本訴提起が不当訴訟であり、不法行為に基づく慰謝料等の支払い(反訴)を求めた事案です。これまで依頼者は、複数回の更新許可申請手続きを(前の)職場(会社)に任せており、現職場(個人事業者)へ転職した今回初めて、自身で本行政書士事務所に更新申請手続きを依頼している。

判旨
1 原告(行政書士)の本訴請求を棄却する。
2 原告は、被告(韓国人依頼者)に対し、15万7500円及びこれに対する平成26年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告のその余の反訴請求を棄却する、とある。

東京入国管理局長によれば、「申請内容に信ぴょう性があるとは認められない」との理由で不許可とされている。本判決は、本行政書士に契約上の善管注意義務違反等の債務不履行を認めたものです。

本件の依頼書には、本件申請が不許可でも再申請可能な場合には原告が報酬無料で再申請業務を受託すること及び「いったん納入された料金の返却は理由の如何を問わずご遠慮ください」との文言が記載されている。

申請内容の信ぴょう性についての事実認定:
本件申請に当たって従前の同種申請と内容が大きく変わったのは、被告が転職して職場が会社から個人事業者に変更となったこと。現職場の事業実態等に関する部分を除くと、本件申請書類に信ぴょう性が問題となる部分は見当たらないというべきであるから、本件申請書類のうち被告の在留資格に適合する就労先としての現職場の事業実態に関する部分の信ぴょう性の欠如が、専ら本件申請の不許可の理由となったものと認めるのが相当である。
そこで、本件申請書類の同部分をさらにみると、現職場の事業実態に関する営業概要、事業計画書及び収支計画表等は、いずれも非常に簡潔なものでその記載内容を裏付ける資料の添付はなく、依頼者の確定申告書もこれらを補強するような記載とは認められない上、現職場の写真も簡易なドア表示と机上のパソコン、電話機等が写されているのみで、職場見取図にあるミシンやアイロン台が撮影されておらず、縫製業の事業実態が分かるようなものではないといわざるを得ない。
したがって、原告が作成した本件申請書類のうち現職場の事業実態に関する部分は、被告の在留資格に適合する就労先の実態を有することの資料としては不十分であったというべきである。したがって、原告(行政書士)には本件契約上の善管注意義務違反の債務不履行が認められるというべきであり、被告(韓国人依頼者)による本件契約の解除に当たって、履行の割合に応じた報酬を請求することができず、被告に対し、原状回復ないし不当利得として、既払報酬15万7500円を返還する義務を負うと解するのが相当である、と結論づけている。

分析
「既払報酬の返還請求を遠慮されたい」との文言や「理由の如何を問わず報酬返還を認めない」とすることは、原告に債務不履行があった場合にも報酬返還を求めないことに被告が合意したとは認められない。これは、事業者たる原告(行政書士)が消費者たる被告(依頼者)の権利を一方的に制限するものであって、信義則に反して被告の利益を一方的に害するものというべきです。つまり、消費者契約法10条により無効となります。
なお、苦情申立てが名誉棄損に当たるかについては、東京都行政書士会苦情処理委員会への申立て内容は、不特定多数人が知るところとなることはなく、公然性を欠くものと認められるため、原告の主張は理由がない、としている。
〔裁判官 小崎賢司、被告弁護人 狩集英〕
参照:ウエストロー・ジャパン文献番号 2016WLJPCA07118004
消費者契約法10条 無効契約条項の例
・消費者からの解除・解約の権利を制限する条項
・事業者からの解除・解約の要件を緩和する条項
・紛争解決に当たっては、事業者の選定した仲裁人の仲裁によるものとする旨の条項
・消費者の一定の作為または不作為により、消費者の意思表示がなされたものまたはなされなかったものとみなす条項(送りつけ商法で、「購入しない旨の通知をしなければ、購入したものとみなす」という条項)
・事業者の証明責任を軽減し、または消費者の証明責任を過重する条項


渉外判例2016 (ICN-101)
ウガンダ人女性活動家、難民認定へ
「ウガンダ人女性活動家、難民認定へ」2016年7月28日名古屋高裁
ポイント
反政府活動を行っていたウガンダ人女性が、ウガンダ政府から迫害を受けるおそれがあるか、難民条約上の難民に該当するか、つまり「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するか」についての事実認定が争われた事案です。

事実の概要
女性活動家は、2005年頃から、ウガンダの政党FDCの党員として政治活動を開始する。FDCの関連組織であるWWIの代表代行を務め、女性支援のための活動を行った。その後、各種の政治運動に参加した際、複数の男達から襲撃を受け、暴行を加えられ、入院・流産の経験もある。隣国のスーダンやウガンダでは身の安全が図れないと考え、アフリカ手工芸品の輸出販売会社へ入社する。
2008年に、日本最大の「国際雑貨EXPO(GIFTEX)」へ参加するため、「短期滞在」の在留資格(在留期間を15日)で、上陸許可を受けた。その後、名古屋でのビジネスを模索するため、「特定活動」への在留資格変更許可を受けた。この活動資格は、本邦から出国するための準備のための活動で、日常的な活動(収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動を除く)」の在留資格であり、在留期間は1月であった。
日本への入国後、友人のWWI書記との電話で、ウガンダ政府があなたを探しているから帰国しない方がよいとの助言を受け、恐怖を感じ、帰国しないことを決意する。
2008年頃難民認定制度を知り、2009年難民支援協会の援助の下難民申請をしている。2010年5月に不法残留容疑で摘発された。

判旨
法務大臣による難民不認定処分、名古屋入国管理局長による在留特別不許可処分および名古屋入国管理局主任審査官による退去強制令書発付処分すべてを取消した判決です。
事実認定については、ウガンダに帰国した場合には,FDC党員であること又はウガンダ政府に反対する政治的意見を有していることにより不当な身柄拘束や暴行等の迫害を受けるおそれがあるということができ,通常人においても,上記迫害の恐怖を抱くような客観的事情があると認められる。したがって,控訴人は,入管法にいう難民に該当する、と判断しています。

分析
控訴人陳述書の客観性や供述調書での通訳や供述内容の信用性の問題、襲撃事件での証拠(診断書)などを仔細に検討することにより、被控訴人(国、法務大臣等)の主張をいずれも採用しなかった。当初難民申請の意思がなかったことや申請手続きへの遅れが、控訴人の行動の切迫性(迫害を受けるおそれ)がないのではないかとの疑問に、判決はこう理解している。
《本邦に入国してとりあえず危険を免れているという安心感があったであろうことも考慮すれば,手続や制度が分からない異国にあって難民認定申請が遅れたことが,迫害を受けている者の行動として不自然であるとまではいえない。。。。
被控訴人の主張は,いずれも控訴人の難民該当性に関する上記判断を覆すに足りるものではない。むしろ,控訴人が来日してから働いてウガンダの家族や親族に送金したことがないことや、短期大学を卒業して職を有し、ウガンダでは相応の生活を送っていた控訴人が,金銭的に極めて厳しい生活を送りながら本邦にとどまっていることからすれば,ウガンダ政府からの迫害から逃れるという点以外に,控訴人が,夫と子供3人を残して本邦に残留を希望する積極的な動機も,証拠上特に見当たらないと解するのが相当である。》とする。
実に、ウガンダの情勢について深い理解に支えられた判決ということができると思います。

[裁判長 揖斐潔、弁護士 川口直也、川津聡、下田幸輝、大嶋功]
参照:ウエストロー・ジャパン文献番号 2016WLJPCA07286008
支援団体:
認定NPO法人難民支援協会
公益財団法人アジア福祉教育財団難民事業本部

渉外判例2016 (ICN-100)

非常勤英語講師と厚生年金被保険資格

「フィリピン人英語講師、厚生年金被保険者資格の該当者と認定」2016年6月17日東京地裁

ポイント
非常勤(パートタイマー/アルバイト)の英語講師が、社会保険の適用事業所(株式会社などの法人事業所)に「常時使用されている人」であるかが、問題になった事案です。

事実の概要
フィリピン人英語講師が、下北沢の語学学校に、「人文知識・国際業務」の在留資格(当時)で就労した。6年後、別の語学学校に移り雇用契約を締結、厚生年金保険の被保険者資格を取得しました。その語学学校は、5年後、被保険者の資格喪失を届け、港社会保険事務所長(現日本年金機構)は資格喪失確認を語学学校へ通知しました。そのため、英語講師は、引き続き加入中であることの確認、社会保険審査官への審査請求、社会保険審査会への再審査請求をしましたが、いずれも請求棄却となったため、被保険者資格確認請求却下処分取消訴訟を、平成24(2012)年1月29日に提起したものです。
判旨
語学学校の外国人講師に対して、厚生年金保険の被保険者資格取得の確認請求を却下した行政処分を取消すとした判決です。つまり、同講師は被保険者に該当するとして当行政処分が違法とされました。
その理由は、①同講師の労働時間(レッスン前の5分を加えて)は常勤講師の労働時間と比較して4分の3に近似するものであったこと、②同講師の労働日数は常勤講師のものと変わりがなかったこと、③その報酬の額も標準報酬月額の最低額を大きく上回っており、十分に生計を支えることができる額であったこと、④事業主との雇用関係も安定していると評価することができることなど、です。
分析
社会保険適用事業所に常時使用されている人は、国籍や性別、年金の受給の有無にかかわらず被保険者となります。パートタイマー・アルバイト等でも事業所と常用的使用関係にある場合は、被保険者となります。1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事している一般社員の4分の3以上かどうかが問われた事例。
この後、厚生労働省は、平成28(2016)年10月から、パートタイマー・アルバイトの社会保険(厚生年金保険や健康保険)の加入対象を拡大しています。
[裁判長 舘内比佐志、弁護士 指宿昭一、中井雅人]
参照:ウエストロー・ジャパン文献番号2016WLJPCA06176002